聖書(バイブル)の次に読まれているのが「老子」になります。
老子の著書と伝えられる道家の経典で二巻、八十一章からなり、
戦国時代初期から中期頃成立されました。
「老子」は、老子という人物によって書かれた書物と伝えられていますが、この人物が実在したの
かどうかを疑う説があるほど、その経歴は謎に包まれています。
複数の思想家の言葉を集めたものとも言われていますが、老子が生きていたと思われる春秋戦国
時代は、鉄の生産が広まった時代でした。
鉄は戦争を変え、農業を変え、生産性が高まったことから、商業も発展しました。
しかしその一方で、社会の急激な変化と果てしない生存競争に、疲れを感じる人も多かったと
思います。
「老子」は、そうした疲れた人々にとって癒やしとなる本で、それは変化の荒波の中、
とまどいながら生きている現代の日本人にも通じるところがあります。
「老子」は「自然の摂理に学べ」と説き、自然には善意も悪意もなく無理もなく、ただあるがままに
変化するだけです。
一方人間は、意志を通そうとつい無理をしてしまいますが、しかし無理は長続きしません。
また疲れ果ててしまっては、良い人生を送ることが出来ない。
老子は、道理にそぐわない無理を諫め、過剰な自己顕示欲をおさえることが必要だとしました。
変化するだけです。
一方人間は、意志を通そうとつい無理をしてしまいますが、しかし無理は長続きしません。
また疲れ果ててしまっては、良い人生を送ることが出来ない。
老子は、道理にそぐわない無理を諫め、過剰な自己顕示欲をおさえることが必要だとしました。
世の中の「主流」に疑問を感じたとき、心のバランスをとるためにある書だと思います。
ですので、自分の生き方や、社会のあり方に疑問を感じていない人にとっては、「老子」は必要ない
かもしれません。
その中国古典の二大思想が『論語』と『老子』で、昔から「上り坂の儒家、下り坂の道家」と言われ
ています。
『論語』には「こういう場合、こんな顔や言葉遣いをするように」と人間関係で陥りやすい状況が細
かく書かれており、人生が上り坂の人は『論語』を読み、現行(自分の人生の在り方)を肯定して改
善していくわけです。
しかし、ひとたび人生が下り坂に陥ると、人は現行を否定しなければなりません。
下り坂から脱しようと思って努力しても、間違った道を進んで苦難を強いられることもあります。
そんなときは『老子』を読んで根本的な革新を図っていたようです。
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