人と人とのつながりに「共感」はお互いを理解する上で重要なことだと思います。
しかし、この共感という行為は「共感力」と言われるぐらい、相手のことを思う
心の力が必要なり、この共感力を他人に教えることは難しいことなのだと感じます。
この共感力はテクニック論やロジックで理解できることではなく、自分自身が人生をどう生きて
きたのか、その深さで他人の人生を理解しようとするからこそ、自分の人生よりも深い思いは
到底、理解できないのだと思います。
日常の中で理解が難しいと感じることに、人の心の痛みがあります。
どうしても自分が経験していないことは汲み取ることが難しく、社会的にことで言えば、
障碍者や精神病の方の心の痛みは他人事のように捉えてしまいます。
「心配」という字はあまり自分のためには使わない言葉であり、自分に使うとすれば「不安」で
しょう。
自分本意から離れ、相手の立場に立つからこそ、自分の心を他者に配る「心配」であり、
同類後の「心配り」や「気遣い」があるのだと思います。
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