日本は戦後の復興以来、世界の中で先進国としての立場を築き上げ、成熟基にある
と言われています。
因みに先進国とはG20(ジートウェンティ)は、"Group of Twenty"の略ですが、計20か国・地域から
なるグループです。
構成国・地域は、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ、日本、イタリア、カナダ、欧州連合、
ロシア、中華人民共和国、インド、ブラジル、メキシコ、南アフリカ、オーストラリア、韓国、インドネ
シア、サウジアラビア、トルコ、アルゼンチンですが、各国の顔ぶれを見ても国内状況に格差があ
り、やはり主要国首脳会議(G8)が中心的な先進国としての認知を得ているのだと感じます。
先進国に至るまでの段階として第一段階として、農耕社会、第二に産業社会、第三に情報社会と
段階を経ていることがスタンダードのように見えますし、日本の現在も正に情報化社会真っただ中
にあるのだと実感しています。
成熟した先進国が次に迎える段階がコンセプチュアル社会だと説いているダニエル・ピンクは、
彼の著書「A Whole New Mind」の中で、コンセプチュアル社会(時代)とは、西欧社会が培ってき
た 「論理中心の社会(時代)」ではなく、社会文化的にが育んできた「感性社会」へとシフトしていく
のだと予見しています。
ではなぜ、米国(たぶん、日本を含む先進国)は、第3の波から第4の波へ移行しなければならない
のか?
ダニエル・ピンクは、その理由を先進国の経済状況を基に、以下の3つの要因で捉えています。
1.裕福さ 2.技術 3.グローバリゼーション
1.裕福さ:
先進国の人々は既に豊かな生活に必要な、例えば車や住宅などモノは手に入れており、
この現在の飽和市場では、際立つ商品が求められ、もはや機能や納得できる価格といったものだ
けに頼る時代ではなくなってくる。
それにプラス、人々の消費行動に強く影響する「美的で、ユニークで、意義あるもの」、つまり、
デザイン、エンパシー、プレイ、ビジョンなどの「ソフト(右脳)」な能力が必要とされる。
2.技術:
20世紀のの労働者による作業から、人間の左脳の代わりにコンピュータが取って代わったという
ことを意味する。また、コンピュータの進展は、決まりきったステップを取る職業に取って代わる可
能性をもつ。
3.グローバリゼーション
インターネットの環境が整い、同時に世界中にアウトソーシングできる環境も整ったため、世界中
の人、時間、可能性と繋がることができ、ものつくりにおいての制限が無くなった。
これから世界が向かえるであろうコンセプチャル社会の中でで力を発揮するできるかどうかが、
付加価値を創造していく上で重要なファクターになりそうです。
【 企業理念 】
「真の価値」 を伝える。
それによって磨かれる
家族、地域、子どもたち の感性
「真の価値」 を伝える。
それによって磨かれる
家族、地域、子どもたち の感性
2013年10月31日木曜日
2013年10月30日水曜日
使命感の根源
人は生きられる時間に限りがあることは誰でも知っていても、日常の中で
そのことを意識し続けることは簡単ではないようです。
生きていることを実感するには、身近な人が亡くなったり、自身が大病や事故を実体験することで
死を身近に感じることでその機会を得るのだと思います。
人が成長していく過程で、10代はどうしても言われるがまま、様々なことに触れ、物事に対して
好き嫌いを積み重ねながら、自分という存在の輪郭を何となく、構築していくのでしょう。
20代になると、10代に触れてきたモノ以上に様々なモノや人と出会い、刺激を受けますが、
社会というものがどういうことなのかを社会の一員として、感じとりながら大人としての自覚に
目覚めていくのだと感じます。
30代になると劇的に変わってくるのが、好き嫌いがはっきり持つようになったころから、
自分の好きなことを求めることに限りがなく、人生には時間の制限があることがわかって
きます。
だからこそ自分の「やりたいこと」ではなく、「やらなければならないこと」に集中し、最優先する
ことが必要となり、自分の人生の意味や役割を帯び、生きがいとして価値を見出していくのだと
思います。
生きているうちに、何らかの結果を世に示そうとするであれば、この30代のうちに「やりたいこと」
ではなく、「やらなければならない」ということにシフトしていくことが重要な視点になるのだと
思います。
そのことを意識し続けることは簡単ではないようです。
生きていることを実感するには、身近な人が亡くなったり、自身が大病や事故を実体験することで
死を身近に感じることでその機会を得るのだと思います。
人が成長していく過程で、10代はどうしても言われるがまま、様々なことに触れ、物事に対して
好き嫌いを積み重ねながら、自分という存在の輪郭を何となく、構築していくのでしょう。
20代になると、10代に触れてきたモノ以上に様々なモノや人と出会い、刺激を受けますが、
社会というものがどういうことなのかを社会の一員として、感じとりながら大人としての自覚に
目覚めていくのだと感じます。
30代になると劇的に変わってくるのが、好き嫌いがはっきり持つようになったころから、
自分の好きなことを求めることに限りがなく、人生には時間の制限があることがわかって
きます。
だからこそ自分の「やりたいこと」ではなく、「やらなければならないこと」に集中し、最優先する
ことが必要となり、自分の人生の意味や役割を帯び、生きがいとして価値を見出していくのだと
思います。
生きているうちに、何らかの結果を世に示そうとするであれば、この30代のうちに「やりたいこと」
ではなく、「やらなければならない」ということにシフトしていくことが重要な視点になるのだと
思います。
2013年10月29日火曜日
業(なりわい)
ここ最近の職場環境は様変わりしてきました。
どの辺りから変わってきたのかと振り返ると、製造現場を海外にシフトし始めたころ
からではないでしょうか。
それまではどの会社も現場を持ち、良いモノを作りたいと熱心に御客様と向き合いながら
価値を見出していたように思います。
それが製造現場は途上国へ移し、人の手を要する作業はオートメーション化が進み、
御客様との距離は離れ、何だか味気ない気までしてきます。
雇用も20年前は派遣社員という人は存在せず皆、正社員で働いていました。
正社員でいられればそれで満足しなければという風潮まで生まれていて、
サラリーマン川柳に「残業代、貰えば年収1000万」という作品が入選するほど、夢や希望という
思いからはほど遠い現実を垣間見てしまいます。
そうは言っても日本の企業の約90%が中小企業であり、現場を持っています。
何としても魅力ある現場を作ることが社員一人ひとりの働きがいや使命感、責任感を
高めることになるのでしょう。
仕事について、そもそもの話からすれば、人が生きていく上で食べ物を作る云わいる「農耕」は
必要不可欠です。
自分や家族が食べる分の作物を作るこの「農耕」に「業(なりわい)」が付くと、何だかおかしなこと
になってきます。
「業(なりわい)」とは生計を立てるために必要なことです。
だから業(なりわい)が優先されてしまうと、自分自身の生活に必要な量をなるべく効率よく、
なるべく簡単に獲れるにはどうすればよいかと考える人が増えてきます。
よく聞く話にお米の生産者が売るお米は農薬を使って育て、自分たちが食べるお米は
別区画で無農薬で丁寧に作っていると聞きます。
業(なりわい)が勝るとそのようなことも当たり前のようにできてしまうのでしょう。
どの辺りから変わってきたのかと振り返ると、製造現場を海外にシフトし始めたころ
からではないでしょうか。
それまではどの会社も現場を持ち、良いモノを作りたいと熱心に御客様と向き合いながら
価値を見出していたように思います。
それが製造現場は途上国へ移し、人の手を要する作業はオートメーション化が進み、
御客様との距離は離れ、何だか味気ない気までしてきます。
雇用も20年前は派遣社員という人は存在せず皆、正社員で働いていました。
正社員でいられればそれで満足しなければという風潮まで生まれていて、
サラリーマン川柳に「残業代、貰えば年収1000万」という作品が入選するほど、夢や希望という
思いからはほど遠い現実を垣間見てしまいます。
そうは言っても日本の企業の約90%が中小企業であり、現場を持っています。
何としても魅力ある現場を作ることが社員一人ひとりの働きがいや使命感、責任感を
高めることになるのでしょう。
仕事について、そもそもの話からすれば、人が生きていく上で食べ物を作る云わいる「農耕」は
必要不可欠です。
自分や家族が食べる分の作物を作るこの「農耕」に「業(なりわい)」が付くと、何だかおかしなこと
になってきます。
「業(なりわい)」とは生計を立てるために必要なことです。
だから業(なりわい)が優先されてしまうと、自分自身の生活に必要な量をなるべく効率よく、
なるべく簡単に獲れるにはどうすればよいかと考える人が増えてきます。
よく聞く話にお米の生産者が売るお米は農薬を使って育て、自分たちが食べるお米は
別区画で無農薬で丁寧に作っていると聞きます。
業(なりわい)が勝るとそのようなことも当たり前のようにできてしまうのでしょう。
2013年10月28日月曜日
コンセプトメイク
クライアントに対して、デザインするという作業は形の無いものを実際に目で見えるように、
図面に起こしたり、色を付けたり、時には近いイメージの別モノの写真を用いたりします。
クライアントは自らできないからこそ、専門知識のある者へ制作を依頼することが多いのでしょうか
ら、判らないことが多いことが普通でしょう。
だからこそ、必要な要望として色や形、大きさや用途、他の要望との優先順位、マスト条件など
を明確にできている方が少ないのも当然のことです。
デザインを作る側の専門者にとって、デザインの裏付けである要素はクライアントとの
ヒアリングが全てになります。
クライアントは専門知識がない中、何とかイメージを伝えようと会話の中で色々と話してくれます
が、曖昧なニュアンスをくみ取り、質問や具体例を挙げながら、クライアントと協同作業で
明確していきます。
この作業、過程がクライアントにとっての根源的な真実を見つけさせることだと考えます。
クライアントの中にある潜在的なイメージをヒアリングの中で顕在的にし、その一つひとつを
集約し、明確な定義を持たせることで、デザインを構成する上で、揺るがない
前提となるコンセプトメイクになるのだと思います。
図面に起こしたり、色を付けたり、時には近いイメージの別モノの写真を用いたりします。
クライアントは自らできないからこそ、専門知識のある者へ制作を依頼することが多いのでしょうか
ら、判らないことが多いことが普通でしょう。
だからこそ、必要な要望として色や形、大きさや用途、他の要望との優先順位、マスト条件など
を明確にできている方が少ないのも当然のことです。
デザインを作る側の専門者にとって、デザインの裏付けである要素はクライアントとの
ヒアリングが全てになります。
クライアントは専門知識がない中、何とかイメージを伝えようと会話の中で色々と話してくれます
が、曖昧なニュアンスをくみ取り、質問や具体例を挙げながら、クライアントと協同作業で
明確していきます。
この作業、過程がクライアントにとっての根源的な真実を見つけさせることだと考えます。
クライアントの中にある潜在的なイメージをヒアリングの中で顕在的にし、その一つひとつを
集約し、明確な定義を持たせることで、デザインを構成する上で、揺るがない
前提となるコンセプトメイクになるのだと思います。
2013年10月27日日曜日
革新的なデザインとは・・・。
常に業界をリードしている側には常に革新的なデザインを世に提供し続けています。
では革新的とは何を言っているのか?何を指しているのか?どのような定義なのか?
革新のモノサシしは絶対的に過去との評価であることが大前提にあるのでしょう。
少なくともその分野、その業界内において、新しいものでなければならないということ。
しかし、単に新しいだけでは十分ではなく、従来の何かの問題を新しい手法で解決へ
導いているという要素がデザインの構成として用いられていることが必要であり、その要素が
エンドユーザーやクライアントにとって付加価値( EVA: Extra value)としての評価であることが
条件になってくるのだと思います。
決して今までにないモノが=革新とは言えないのだと思います。
革新とは従来の仕組みや価値観、もの考え方などを一新する、壊してしまうぐらいの
意味を含んできます。
革新的なデザインには主体的に変化を生み出していくものであり、そのために必要なリスクは
進んで受け入れていかなければなりません。
だからこそ、革新的なデザインはその分野やその業界を押上げ、推し進めていくエネルギーを
秘めているのだと感じます。
では革新的とは何を言っているのか?何を指しているのか?どのような定義なのか?
革新のモノサシしは絶対的に過去との評価であることが大前提にあるのでしょう。
少なくともその分野、その業界内において、新しいものでなければならないということ。
しかし、単に新しいだけでは十分ではなく、従来の何かの問題を新しい手法で解決へ
導いているという要素がデザインの構成として用いられていることが必要であり、その要素が
エンドユーザーやクライアントにとって付加価値( EVA: Extra value)としての評価であることが
条件になってくるのだと思います。
決して今までにないモノが=革新とは言えないのだと思います。
革新とは従来の仕組みや価値観、もの考え方などを一新する、壊してしまうぐらいの
意味を含んできます。
革新的なデザインには主体的に変化を生み出していくものであり、そのために必要なリスクは
進んで受け入れていかなければなりません。
だからこそ、革新的なデザインはその分野やその業界を押上げ、推し進めていくエネルギーを
秘めているのだと感じます。
2013年10月26日土曜日
やっておけばよかった
今朝、手にした本の中で、掃除道でも有名なイエローハットの創業者、鍵山氏の教えに
出会いました。
人生を分ける2文字の差として、「やっておいてよかった」と「やっておけばよかった」とありました。
結果をコントロールできるようになるまでには、相当な修練や月日を必要とするのでしょう。
だからこそ日々、自身のベストを尽くすとがテーマとなるのだと思います。
だとすれば、思いつくことは全て取り組める状況が大切なことで、「やっておいてよかった」と
思えることが多々起きるのだと思います。
その反対に「やっておけばよかった」という状況は、思ってはいたもの忙しかったり、
大した問題ではない、どうにかなると自分勝手に都合よく認識していたことが招く
事態でしょう。
自分自身、思いもしない事態が起きてしまった時には「やっておけばよかった」という
後悔には繋がらないはずです。
「やっておけばよかった」という言葉の裏には不健康などの生活の乱れや私生活の
堕落から来る精神性の弱体も仕事をする上で妥協へと繋がり、ベストを尽くす環境を
作りづらくなります。
仕事の正直な所でもあり、怖い所でもあるのが、手を抜いた所が後々トラブルに結びついて
くることです。
日々、変わりない姿勢で臨んでいきたいものです。
出会いました。
人生を分ける2文字の差として、「やっておいてよかった」と「やっておけばよかった」とありました。
結果をコントロールできるようになるまでには、相当な修練や月日を必要とするのでしょう。
だからこそ日々、自身のベストを尽くすとがテーマとなるのだと思います。
だとすれば、思いつくことは全て取り組める状況が大切なことで、「やっておいてよかった」と
思えることが多々起きるのだと思います。
その反対に「やっておけばよかった」という状況は、思ってはいたもの忙しかったり、
大した問題ではない、どうにかなると自分勝手に都合よく認識していたことが招く
事態でしょう。
自分自身、思いもしない事態が起きてしまった時には「やっておけばよかった」という
後悔には繋がらないはずです。
「やっておけばよかった」という言葉の裏には不健康などの生活の乱れや私生活の
堕落から来る精神性の弱体も仕事をする上で妥協へと繋がり、ベストを尽くす環境を
作りづらくなります。
仕事の正直な所でもあり、怖い所でもあるのが、手を抜いた所が後々トラブルに結びついて
くることです。
日々、変わりない姿勢で臨んでいきたいものです。
2013年10月25日金曜日
デザインとは・・・。
街にはデザインされたモノが溢れています。
よくある状況として、デザインするためのデザインになってしまうことがあります。
仕事上、デザインを考える機会が多いのですが、このデザインを思考したり、他者と議論
し、価値を共有することが難しく感じることが多くあります。
デザインの評価は10人が見れば10人とも違うとも言われるほど、デザインの何が良い
デザインとは何か?アートとデザインは違うのか?考えれば考えるほど、疑問が消えませ
ん。
デザインの語源はデッサン(dessin)と同じく、“計画を記号に表す”という意味のラテン語
designareだそうです。
つまりデザインとは、ある問題を解決するために思考・概念の組み立てを行い、それを
様々な媒体に応じて表現することと解される。
日本では図案・意匠などと訳されて、単に表面を飾り立てることによって美しくみせる行
為と解されるような社会的風潮も強いようですが、最近では語源の意味が広く理解・認識
されているようです。
形態に現れないものを対象にその計画、行動指針を探ることも含まれ、就職に関するキャ
リアデザイン、生活デザイン等がこれにあたります。
モノづくりをする上で「何かデザインしなければならい」とか、「付加価値や差別化を
つけなければならない」という理由が先に立ち、デザインしてしまうと
ドイツのインダストリアルデザイナー、ディーターラムス氏(Dieter Rams)の
「よいデザインのための10の原則」にこうありました。
1.よいデザインは革新的である。
2.よいデザインは製品を便利にする。
3.よいデザインは美にかなう。
4.よいデザインは製品の理解を助ける。
5.よいデザインは主張しない。
6.よいデザインは誠実である。
7.よいデザインは耐久性を持つ。
8.よいデザインは細部まで一貫している。
9.よいデザインは環境に配慮する。
10.よいデザインは可能なかぎりわずかなデザインである。
何となくわかるような気がしてきました。
2013年10月24日木曜日
リードするフォロアーの存在
会社組織、団体スポーツなどのチームにも言えることですが、リーダーの
存在無くして物事が進まないことは確かなことです。
リーダーは責任感が強いとか、熱い情熱を持っているとか、強い行動力があるなど、
とは言うものの、初めから整ったリーダーなど存在しません。
立場や肩書きがリーダーとしての自覚を生み、何度もリーダーとしての課題を克服するうちに
皆が認めるリーダーらしい姿へと変貌していく過程を歩んでいくのでしょう。
リーダーの影には色々なケースでリーダーを時には支え、時には育てるフォロアーの存在が
あります。
例えば、日露戦争では東條平八郎が「トウゴウターン」という作戦でバルチック艦隊を撃沈し、
制海権を掌握したことが一番に挙げられるが、その影で激戦の末、陸上戦に勝利し児玉源太郎の
存在が東郷を生んだとも言えます。
児玉は自分の手柄にする訳でもなく、海軍に対して陸軍としてできることに徹していました。
自動車メーカーのHONDAにも本田宗一郎の名参謀と言われた藤沢武夫がいました。
彼はHONDAの副社長として、本田から実印と会社経営の全権を委ね、自らは技術者に
徹していました。
組織の質は=リーダーの質ですが、これは表面的なことで、本当の質はリーダーの回りにいる
フォロアーの質が組織の全てを握っているのだと思います。
存在無くして物事が進まないことは確かなことです。
リーダーは責任感が強いとか、熱い情熱を持っているとか、強い行動力があるなど、
とは言うものの、初めから整ったリーダーなど存在しません。
立場や肩書きがリーダーとしての自覚を生み、何度もリーダーとしての課題を克服するうちに
皆が認めるリーダーらしい姿へと変貌していく過程を歩んでいくのでしょう。
リーダーの影には色々なケースでリーダーを時には支え、時には育てるフォロアーの存在が
あります。
例えば、日露戦争では東條平八郎が「トウゴウターン」という作戦でバルチック艦隊を撃沈し、
制海権を掌握したことが一番に挙げられるが、その影で激戦の末、陸上戦に勝利し児玉源太郎の
存在が東郷を生んだとも言えます。
児玉は自分の手柄にする訳でもなく、海軍に対して陸軍としてできることに徹していました。
自動車メーカーのHONDAにも本田宗一郎の名参謀と言われた藤沢武夫がいました。
彼はHONDAの副社長として、本田から実印と会社経営の全権を委ね、自らは技術者に
徹していました。
組織の質は=リーダーの質ですが、これは表面的なことで、本当の質はリーダーの回りにいる
フォロアーの質が組織の全てを握っているのだと思います。
2013年10月23日水曜日
老子を学ぶ
東洋では専ら古典と言えば「論語」であり、一番読まれている古典ですが、世界的に見れば
聖書(バイブル)の次に読まれているのが「老子」になります。
老子の著書と伝えられる道家の経典で二巻、八十一章からなり、
戦国時代初期から中期頃成立されました。
「老子」は、老子という人物によって書かれた書物と伝えられていますが、この人物が実在したの
かどうかを疑う説があるほど、その経歴は謎に包まれています。
複数の思想家の言葉を集めたものとも言われていますが、老子が生きていたと思われる春秋戦国
時代は、鉄の生産が広まった時代でした。
鉄は戦争を変え、農業を変え、生産性が高まったことから、商業も発展しました。
しかしその一方で、社会の急激な変化と果てしない生存競争に、疲れを感じる人も多かったと
思います。
「老子」は、そうした疲れた人々にとって癒やしとなる本で、それは変化の荒波の中、
とまどいながら生きている現代の日本人にも通じるところがあります。
世の中の「主流」に疑問を感じたとき、心のバランスをとるためにある書だと思います。
ですので、自分の生き方や、社会のあり方に疑問を感じていない人にとっては、「老子」は必要ない
かもしれません。
その中国古典の二大思想が『論語』と『老子』で、昔から「上り坂の儒家、下り坂の道家」と言われ
ています。
『論語』には「こういう場合、こんな顔や言葉遣いをするように」と人間関係で陥りやすい状況が細
かく書かれており、人生が上り坂の人は『論語』を読み、現行(自分の人生の在り方)を肯定して改
善していくわけです。
しかし、ひとたび人生が下り坂に陥ると、人は現行を否定しなければなりません。
下り坂から脱しようと思って努力しても、間違った道を進んで苦難を強いられることもあります。
そんなときは『老子』を読んで根本的な革新を図っていたようです。
聖書(バイブル)の次に読まれているのが「老子」になります。
老子の著書と伝えられる道家の経典で二巻、八十一章からなり、
戦国時代初期から中期頃成立されました。
「老子」は、老子という人物によって書かれた書物と伝えられていますが、この人物が実在したの
かどうかを疑う説があるほど、その経歴は謎に包まれています。
複数の思想家の言葉を集めたものとも言われていますが、老子が生きていたと思われる春秋戦国
時代は、鉄の生産が広まった時代でした。
鉄は戦争を変え、農業を変え、生産性が高まったことから、商業も発展しました。
しかしその一方で、社会の急激な変化と果てしない生存競争に、疲れを感じる人も多かったと
思います。
「老子」は、そうした疲れた人々にとって癒やしとなる本で、それは変化の荒波の中、
とまどいながら生きている現代の日本人にも通じるところがあります。
「老子」は「自然の摂理に学べ」と説き、自然には善意も悪意もなく無理もなく、ただあるがままに
変化するだけです。
一方人間は、意志を通そうとつい無理をしてしまいますが、しかし無理は長続きしません。
また疲れ果ててしまっては、良い人生を送ることが出来ない。
老子は、道理にそぐわない無理を諫め、過剰な自己顕示欲をおさえることが必要だとしました。
変化するだけです。
一方人間は、意志を通そうとつい無理をしてしまいますが、しかし無理は長続きしません。
また疲れ果ててしまっては、良い人生を送ることが出来ない。
老子は、道理にそぐわない無理を諫め、過剰な自己顕示欲をおさえることが必要だとしました。
世の中の「主流」に疑問を感じたとき、心のバランスをとるためにある書だと思います。
ですので、自分の生き方や、社会のあり方に疑問を感じていない人にとっては、「老子」は必要ない
かもしれません。
その中国古典の二大思想が『論語』と『老子』で、昔から「上り坂の儒家、下り坂の道家」と言われ
ています。
『論語』には「こういう場合、こんな顔や言葉遣いをするように」と人間関係で陥りやすい状況が細
かく書かれており、人生が上り坂の人は『論語』を読み、現行(自分の人生の在り方)を肯定して改
善していくわけです。
しかし、ひとたび人生が下り坂に陥ると、人は現行を否定しなければなりません。
下り坂から脱しようと思って努力しても、間違った道を進んで苦難を強いられることもあります。
そんなときは『老子』を読んで根本的な革新を図っていたようです。
2013年10月22日火曜日
他人の弱み
人と人とのつながりに「共感」はお互いを理解する上で重要なことだと思います。
しかし、この共感という行為は「共感力」と言われるぐらい、相手のことを思う
心の力が必要なり、この共感力を他人に教えることは難しいことなのだと感じます。
この共感力はテクニック論やロジックで理解できることではなく、自分自身が人生をどう生きて
きたのか、その深さで他人の人生を理解しようとするからこそ、自分の人生よりも深い思いは
到底、理解できないのだと思います。
日常の中で理解が難しいと感じることに、人の心の痛みがあります。
どうしても自分が経験していないことは汲み取ることが難しく、社会的にことで言えば、
障碍者や精神病の方の心の痛みは他人事のように捉えてしまいます。
「心配」という字はあまり自分のためには使わない言葉であり、自分に使うとすれば「不安」で
しょう。
自分本意から離れ、相手の立場に立つからこそ、自分の心を他者に配る「心配」であり、
同類後の「心配り」や「気遣い」があるのだと思います。
しかし、この共感という行為は「共感力」と言われるぐらい、相手のことを思う
心の力が必要なり、この共感力を他人に教えることは難しいことなのだと感じます。
この共感力はテクニック論やロジックで理解できることではなく、自分自身が人生をどう生きて
きたのか、その深さで他人の人生を理解しようとするからこそ、自分の人生よりも深い思いは
到底、理解できないのだと思います。
日常の中で理解が難しいと感じることに、人の心の痛みがあります。
どうしても自分が経験していないことは汲み取ることが難しく、社会的にことで言えば、
障碍者や精神病の方の心の痛みは他人事のように捉えてしまいます。
「心配」という字はあまり自分のためには使わない言葉であり、自分に使うとすれば「不安」で
しょう。
自分本意から離れ、相手の立場に立つからこそ、自分の心を他者に配る「心配」であり、
同類後の「心配り」や「気遣い」があるのだと思います。
2013年10月21日月曜日
道楽の本質
仕事である程度の地位を築けるほどの評価を得るには人並み以上の努力が必要とされて
います。
よく世間で言われるのは、生まれ持ってこの仕事に必要な能力を生まれ持って来た
人のことを天性の才能などと言われますが、そのような人と対等にできる人を
努力家などと言われます。
どっちが優れているかわかりませんが、一つだけ言えることは努力には限界が
あると言うこと。
努力とは目標の為に力を尽くすことを指すとすれば、努力を上回るものは「楽しむ」
という境地だと思います。
「やらなければならない」という強いられる状態ではなく、その仕事をしているときが
一番自分らしく、一番生きている実感があるような状態になるのでしょう。
まさしく裏表のない生き様、自身の生きる道を極めることが道を楽しむと書く
「道楽」という生き方の領域になるのだと思います。
「職業」というのは、自分の力を誰か「他人」のために役立てるものあり、「他人」の
要望に従属して働くことなのでしょう。
一方「道楽」というのは、あくまで「自分」のためにものごとを行うことであり、
ほんの一部の人にしか与えられない生き方なのだと思います。
人のことを天性の才能などと言われますが、そのような人と対等にできる人を
努力家などと言われます。
どっちが優れているかわかりませんが、一つだけ言えることは努力には限界が
あると言うこと。
努力とは目標の為に力を尽くすことを指すとすれば、努力を上回るものは「楽しむ」
という境地だと思います。
「やらなければならない」という強いられる状態ではなく、その仕事をしているときが
一番自分らしく、一番生きている実感があるような状態になるのでしょう。
まさしく裏表のない生き様、自身の生きる道を極めることが道を楽しむと書く
「道楽」という生き方の領域になるのだと思います。
「職業」というのは、自分の力を誰か「他人」のために役立てるものあり、「他人」の
要望に従属して働くことなのでしょう。
一方「道楽」というのは、あくまで「自分」のためにものごとを行うことであり、
ほんの一部の人にしか与えられない生き方なのだと思います。
2013年10月20日日曜日
ピンチの後にチャンスあり
「ピンチの後にチャンスあり」
とても前向きになれる言葉ですが、この言葉の裏には「チャンスの後にはピンチあり」
です。
まう繁忙期後の事業経営が息詰まってしまいます。
2013年10月18日金曜日
会社の成長とは何か
会社は日々、利益を追って経営を継続していますが、会社を成長させることが
経営者の務めであることは確かなことでしょう。
会社の成長と一言に言っても個社ごとに意味合いが違うようです。
よく聞かれることが、会社の規模が大きくなることとし、商圏エリアの拡大を基本とした
事業規模の拡大、それに伴う社員数の増加、純利益の増加を成長とすること。
また、ニッチな立ち位置を築きながら、業界や市場へ革新的な価値を打ち出すリーディング
カンパニーとして影響力を付加価値として提供できることを成長とする会社。
代々継承され、老舗としての伝統を守ることを第一とする会社もあります。
会社の数だけ、経営者の数だけ、会社の成長の定義はあるような気がします。
普遍的なことを言えば、会社には必ず企業理念が存在します。
この企業理念を基にビジネスの世界で価値として表現された商品やサービスが
世の中に受け入れられることが経営の基盤となります。
とすれば、日々の仕事の実践が理念により近づくことが会社の成長と言えるのではないでしょう
か。
理念とは経営者が現実社会に抱く「問題意識」や「危機感」、そして「使命感」です。
理念をトップと現場社員とは共感、共有し、実行動で実践すること。
言行一致した状態が会社の理想の姿なのでしょう。
経営者の務めであることは確かなことでしょう。
会社の成長と一言に言っても個社ごとに意味合いが違うようです。
よく聞かれることが、会社の規模が大きくなることとし、商圏エリアの拡大を基本とした
事業規模の拡大、それに伴う社員数の増加、純利益の増加を成長とすること。
また、ニッチな立ち位置を築きながら、業界や市場へ革新的な価値を打ち出すリーディング
カンパニーとして影響力を付加価値として提供できることを成長とする会社。
代々継承され、老舗としての伝統を守ることを第一とする会社もあります。
会社の数だけ、経営者の数だけ、会社の成長の定義はあるような気がします。
普遍的なことを言えば、会社には必ず企業理念が存在します。
この企業理念を基にビジネスの世界で価値として表現された商品やサービスが
世の中に受け入れられることが経営の基盤となります。
とすれば、日々の仕事の実践が理念により近づくことが会社の成長と言えるのではないでしょう
か。
理念とは経営者が現実社会に抱く「問題意識」や「危機感」、そして「使命感」です。
理念をトップと現場社員とは共感、共有し、実行動で実践すること。
言行一致した状態が会社の理想の姿なのでしょう。
2013年10月17日木曜日
他者とのつながり
人間関係の希薄さを叫ばれて久しいですが、人間関係の苦手さを他者と関わらないことで
他者とのトラブルを予防している意識が強まっているのだと感じます。
他者との希薄な環境は現実社会から目を背けることになり、現実が見えない分自分の
想像の中で他者を認識しようとする。
それがバイアスを作り、噂を作り出し、現実をわかりずらく、複雑にしていきます。
組織においても事業部制を引き、個々の仕事の範囲を制限することで会社組織としての
効率化を図る目的ですが、事業部制を言葉を変え、ネガティブな縦割りとも表現されるケースが
多いようです。
組織の力が低下する要素として、自分一人で完結する仕事ばかりを選ぶことで、他者との
わずらわし縛りは逃れるものの、自分の等身大以上の大きな仕事へのチャレンジの機会は
少なくなり、私的な思考も持ちやすくなってしまいます。
自分の自我を抑制するためにも、他者とのつながりを積極的に持ち、相手の立場や
意見を尊重する機会を多く得ることが人として、仕事の質を向上する上で大切なのだと
思います。
他者とのトラブルを予防している意識が強まっているのだと感じます。
他者との希薄な環境は現実社会から目を背けることになり、現実が見えない分自分の
想像の中で他者を認識しようとする。
それがバイアスを作り、噂を作り出し、現実をわかりずらく、複雑にしていきます。
組織においても事業部制を引き、個々の仕事の範囲を制限することで会社組織としての
効率化を図る目的ですが、事業部制を言葉を変え、ネガティブな縦割りとも表現されるケースが
多いようです。
組織の力が低下する要素として、自分一人で完結する仕事ばかりを選ぶことで、他者との
わずらわし縛りは逃れるものの、自分の等身大以上の大きな仕事へのチャレンジの機会は
少なくなり、私的な思考も持ちやすくなってしまいます。
自分の自我を抑制するためにも、他者とのつながりを積極的に持ち、相手の立場や
意見を尊重する機会を多く得ることが人として、仕事の質を向上する上で大切なのだと
思います。
2013年10月16日水曜日
問題を解く鍵
最近の組織の中には問題を解く人はいても、問題に気づく人が意外に少ないようです。
受身で仕事をしていると、出されるモノへの対応力はついてきますが、
自ら主体的に関わり、深く洞察し問題を掘り起こす機会は少ないのだと感じます。
問題を見つける上で最初に行うことは、「何がわからないかが、わからない」という状態を
「何が分からないかを明確にさせる」というレベルまでブラッシュアップさせていくこと。
分たない問題の原因が明確になったら、原因に関する情報収集し、問題解決に結びつきそうな
情報を選択し、徹底して実践し、その結果を元に新たな対策を見出してく作業となります。
その際に必要なことは「人間力」だと言われています。
一つのことを見続ける精神的なタフさや息詰まった状況にどっぷり浸からないユーモア力、
受け入れがたい現実から、新たな価値観を見出す前向きさなど、これらの要素は全て
個々の人間の力によって成り立つものです。
受身で仕事をしていると、出されるモノへの対応力はついてきますが、
自ら主体的に関わり、深く洞察し問題を掘り起こす機会は少ないのだと感じます。
問題を見つける上で最初に行うことは、「何がわからないかが、わからない」という状態を
「何が分からないかを明確にさせる」というレベルまでブラッシュアップさせていくこと。
分たない問題の原因が明確になったら、原因に関する情報収集し、問題解決に結びつきそうな
情報を選択し、徹底して実践し、その結果を元に新たな対策を見出してく作業となります。
その際に必要なことは「人間力」だと言われています。
一つのことを見続ける精神的なタフさや息詰まった状況にどっぷり浸からないユーモア力、
受け入れがたい現実から、新たな価値観を見出す前向きさなど、これらの要素は全て
個々の人間の力によって成り立つものです。
2013年10月15日火曜日
ルールを熟知する
スポーツでもTVゲームでもルールが設定されており、ルールの中で
全てが進行されていきます。
現実社会を生きる上でも様々なルールが存在していますが、企業でよく耳にするのは
知名度があり、世間的に優良とされる上位大学卒業者が就職先で仕事に馴染められない
状況が多いとのことです。
この要因の一つに学生時代に求められる結果と、企業で求められる結果が違っていると
いうこと。
と、同時に結果を生み出すそもそものルールが変わっていることに気づくのが遅れている
のだと思います。
学生時代は与えられた問題の答えを如何に正確に答えられるか、またその傾向を記憶でき
るかにかかってくるのでしょう。
これは社会人になっても何か資格を取るときに必要な能力だと思いますが、企業で結果を
生み出していくにはまず、自ら問題自体を見出し、同時に結果を生み出すプロセスを
周りの関係者を巻き込みながら、構築していかなければならないという質の違う作業に
なりましす。
何も新卒者だけに言えることではなく、物販など物売りの営業マンが保険外交員や
サービス業などの価値を提供する営業へ変わることで、今まで売上を上げてきた営業マン
が全く振るわなくなることが多々あります。
その原因も同じく今までとルールが変わったことを認識することが遅れ、過去の仕事の進
め方を続けてしまっているのです。
優良とされる大学を出ていたり、営業成績が良かった人にとっては自信を失い兼ねない
大変な出来事ですので、早い段階でルールを見直し、熟視し、改善できれば良いの
ですが。
2013年10月14日月曜日
中計の必要性
マラソンや登山をスタートする際はゴールを設定し、計画を立てないとコースやペースを
間違ってしまい、ゴールへ到達することは難しいでしょう。
飛行機も船も言ってしまえば、世の中にあるものの殆どは行先が事前に決まっていて、
計画的に進んでいきます。
会社経営も同じことが言えます。
新期が始まるときには目標が設定され、達成に向けて計画が立案されますが、
ここまではどんな組織でもできてしまいます。
大事なのは自分達で設定した目標や立案した計画を実現する気があるかどうか。
必ず達成する覚悟の無い人、本気でないでも目標や計画を設定することはできてしまいます。
たちが悪いのは目標や計画に本気でない人ほど、安易に無責任に設定してしまいます。
組織力の弱い現場は、新期が始まると次第に自分達で計画した目標や計画から、眼を背ける
ようになります。
行きつくところは結局、何も変わらず日常の目先の仕事ばかり追いかけ、中計や目標の
優先順位はどんどん下がっていきます。
そして最後は無様に、自分達で立てたはずの目標や計画を、他人事のように評論し始める
始末です。
そんな方が口にすることは、「そもそもこんな目標や計画が必要だったのか?」と身もふたも
ないことを言ってきます。
そうならない為にも、棚にしまわれた計画書を見直し、目標へ意識を向けて日々の仕事に
心を入れていきたいものです。
間違ってしまい、ゴールへ到達することは難しいでしょう。
飛行機も船も言ってしまえば、世の中にあるものの殆どは行先が事前に決まっていて、
計画的に進んでいきます。
会社経営も同じことが言えます。
新期が始まるときには目標が設定され、達成に向けて計画が立案されますが、
ここまではどんな組織でもできてしまいます。
大事なのは自分達で設定した目標や立案した計画を実現する気があるかどうか。
必ず達成する覚悟の無い人、本気でないでも目標や計画を設定することはできてしまいます。
たちが悪いのは目標や計画に本気でない人ほど、安易に無責任に設定してしまいます。
組織力の弱い現場は、新期が始まると次第に自分達で計画した目標や計画から、眼を背ける
ようになります。
行きつくところは結局、何も変わらず日常の目先の仕事ばかり追いかけ、中計や目標の
優先順位はどんどん下がっていきます。
そして最後は無様に、自分達で立てたはずの目標や計画を、他人事のように評論し始める
始末です。
そんな方が口にすることは、「そもそもこんな目標や計画が必要だったのか?」と身もふたも
ないことを言ってきます。
そうならない為にも、棚にしまわれた計画書を見直し、目標へ意識を向けて日々の仕事に
心を入れていきたいものです。
2013年10月13日日曜日
ダイバーシティーの思想
2000年に入り、情報化、グローバル化が社会全体に急速に浸透していることで、
組織の形や思考も変化が求められる場面が多く出てきています。
その中の一つに「ダイバーシティ」という考え方です。
ダイバーシティとは(多様性)とは直訳すると多様性。
「幅広く性質の異なるものが存在すること」「相違点」と言ったことろでしょうか。
組織でのダイバーシティ(多様性)をマネージメントの目線で考えると、様々な違いを尊重して
受け入れ、「違い」を積極的に活かすことにより、変化しつづけるビジネス環境や多様化する
顧客ニーズに最も効果的に対応し、企業の優位性、付加価値を創り上げることではないでしょう
か。
ダイバーシティ・マネジメントは、個々にあった制度や仕組み作りに非常に重要です。
社員の多様性を尊重して受け入れ、能力をフルに発揮させると言うことは簡単ですが、
実践することはとても難しいのです。
気を付けたいのは、ダイバーシティの本質は多様性から互いの共通点を見出すこと、
互いが繋がっていることを共感することにあります。
例えば、身近な鳥で言えば、スズメやシジュウカラは一年間に12万匹の昆虫を食べています。
ということは、1羽の小さな鳥がそれだけの昆虫を必要とするのですから、街の中にどれほどの
昆虫がいなければならないのかと考えてしまいます。
人間は虫を嫌う傾向がありますが、自然界では様々なつながりの中で多様性が互いを活かし
合っていることを思うと、このダイバーシティを組織に取り込み、活かし合っていきたいものです。
組織の形や思考も変化が求められる場面が多く出てきています。
その中の一つに「ダイバーシティ」という考え方です。
ダイバーシティとは(多様性)とは直訳すると多様性。
「幅広く性質の異なるものが存在すること」「相違点」と言ったことろでしょうか。
組織でのダイバーシティ(多様性)をマネージメントの目線で考えると、様々な違いを尊重して
受け入れ、「違い」を積極的に活かすことにより、変化しつづけるビジネス環境や多様化する
顧客ニーズに最も効果的に対応し、企業の優位性、付加価値を創り上げることではないでしょう
か。
ダイバーシティ・マネジメントは、個々にあった制度や仕組み作りに非常に重要です。
社員の多様性を尊重して受け入れ、能力をフルに発揮させると言うことは簡単ですが、
実践することはとても難しいのです。
気を付けたいのは、ダイバーシティの本質は多様性から互いの共通点を見出すこと、
互いが繋がっていることを共感することにあります。
例えば、身近な鳥で言えば、スズメやシジュウカラは一年間に12万匹の昆虫を食べています。
ということは、1羽の小さな鳥がそれだけの昆虫を必要とするのですから、街の中にどれほどの
昆虫がいなければならないのかと考えてしまいます。
人間は虫を嫌う傾向がありますが、自然界では様々なつながりの中で多様性が互いを活かし
合っていることを思うと、このダイバーシティを組織に取り込み、活かし合っていきたいものです。
2013年10月12日土曜日
追い込まれることと、追い込むこと
営業経験の在る方なら共感される方も多いと思いますが、月末近くになると、
月間ノルマに対する見込みが低く、残された1週間を新規契約のためにかけずり廻り結果、
ノルマ達成に至らず、月初めの営業会議で公開裁判を受ける羽目になります。
そんな毎月のようにこんな大変な思いしている人の心つぶやきは、「こんなことならもっと
早くから動いていれば」と聞こえてきます。
上司やチームリーダーから責められ、詰問攻めで「何でできなかったのか」と問い詰めら
れても、「自分成りに精一杯しました」と言うことで精一杯でしょう。
毎月、コンスタントにノルマをクリアする人、平均して数字を作れる人の特徴に、
他人から追い込まれてしまう前に、早い段階から自分で自分を追い込み、どうすることも
できない状況を作らない工夫をしています。
上司などからプレッシャ-をかけられると、とても良い気持ちとは言えず、モチベーショ
ンは下がりますし、一杯いっぱいの精神状態では前向きな思考も持ちにくく結果、根性論
へと陥り、質より量を取るようになると、下手な鉄砲も数打てば当たるになってしまい、
営業スキルが悪くなる循環を生み出すのは当然です。
だからこそ、日頃余裕がある内に自分で自分にプレッシャーをかけ、モチベーションを
コントロールし、数字に対するスピード感を鈍らせないように気をつけているのです。
自己プロデュース力と自己マネージメント力をフルに活かし、仕事上のリスクヘッジを
していきたいものです。
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