お菓子と言えば「グリコ」と思われる方も少なくないのではないでしょうか。
日本を代表するお菓子メーカーである「江崎グリコ」は1919年(大正8年)、創業者である江崎利一
がカキの煮汁からグリコーゲンを採取し、それをキャラメルの中に入れた栄養菓子「グリコ」を
製作。1922年(大正11年)2月11日に大阪の三越百貨店で「グリコ」の発売を開始したのが始まりで
した。
その後も江崎利一氏は「子供の二大楽しみ、食べることと遊ぶことを同時に満たす」の考えにより、
お菓子におまけを同梱したことでグリコのお菓子は大ヒット商品となりました。
今こそ世界のグリコとしてお菓子から、カップ麺、健康食品などなど食に関する様々な分野で
ヒット商品を生み出していますが、苦悩の時代がありました。
創設者の江崎利一氏は会社の後を任せようと思っていた長男が戦後まもなく他界していました。
孫もまだ幼かったため当時は専務に経営を勉強させていましたが、今後の大きな不安要素でし
た。
そのとき、江崎グリコを支えてくれたのが、同じ大阪で商売をしていた松下幸之助氏でした。
江崎氏と松下氏は古くから共に裸一貫で会社を立ち上げてきたこともあり、「文無し会」と呼び合
い、定期的に交流を積み上げてきた仲でした。
江崎利一氏が他界した後も、大学を出たばかりの孫を松下で3年ほど、経営者として教育し、
江崎グリコを背負える人物へと育てました。
江崎グリコの株が初上場されると、松下氏はまっさきに購入し、重役という立場で江崎グリコを長ら
く支えたことも有名です。
江崎氏と松下氏の関係は親友という関係を越えた心の友だったとでしょう。
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