【 企業理念 】

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2013年11月22日金曜日

縮景園

縮景園は1619(元和5)年に福島正則転封(ふくしままさのりてんぽう)のあと紀伊(きい)から入部した藩主浅野長(はんしゅあさのなが)(あきら)が、

その翌年(よくねん)別邸(べってい)として築造(ちくぞう)したもので、泉水(せんすい)泉邸(いずみてい)の名で広島の人々によく知られています。

庭園は二葉山と己斐山(こいやま)を借景とし、中央に濯纓池(たくえいち)をおき、山・(かわ)(たき)・橋・島・奇岩(きがん)

花鳥・建物などを(たく)みに配した廻遊式庭園(かいゆうしきていえん)です。


回遊式庭園というと聞き慣れないですが、庭を歩き回ることで楽しめるように、設計されている


様式のことを指します。



日本の三大庭園は水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園と言われていますが、


三園とも以前、足を運んでいますが、縮景園は書いて字のごとく、コンパクトにまとめられた


日本庭園です。


1620年、広島藩主となった浅野長晟が茶人であった家老の上田宗箇に作庭を命じ作られたことも


あって茶室もあり、年間を通して茶会が開かれています。


中国の湖畔をモデルにして作られた濯纓池の水源は隣に流れる京橋川から引いていますが、


河口近くであるため、水質は弱塩水で、池には鯉と鯔が共存しています。


広島の歴史を考えると、常に原爆被爆前後に分けられます。


縮景園も被爆直後は市民の避難所としても使われましたが、縮景園にたどり着いた多くの被爆者


が息絶え、縮景園に土葬された経緯もあって、園内に慰霊碑も設置されています。


春には梅林が満開になるそうなので、その時にはまた足を運びたいと思います。
 

 
 
 
 

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