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2013年12月1日日曜日

移りゆく日本庭園

近年、日本文化が世界で注目される機会が多くなりました。


アニメや食文化、富士山にオリンピック招致、変わったところで盆栽など、世界からの評価を得る


ケースが多くあります。


ある情報紙によればは外国人の観光名所の一つである京都や奈良、金沢などの神社仏閣巡りに


も変化が起きて、最近は日本人も足が遠のいている地方の神社仏閣や歴史資料館まで外国人が


観光や、勉強をしに足を運んでいるとのことです。


神社仏閣には空間を作り上げる日本庭園は付きものですが、最近の若い人達にとって日本庭園


はどのように映っているのでしょう。


他国の庭園に少し触れると、フランスは整形庭園として、幾何学的な美しさを目的とすることが


多く、日本庭園のように曖昧さを楽しむような感覚はありません。


イギリスは自然を模したものが多く、自然の風景を庭とする概念が多く、鬱蒼とした印象を強く


持ちます。


少し日本庭園の歩みを遡ると、聖徳太子が活躍した飛鳥時代には仏教が伝来したこともあり、


庭に神の世を造る中国的思想が強く、極楽浄土を意識した造形が多くありました。


平城京に都を遷都した奈良時代になると、築山、池、島、白砂、水流、滝といった現代の庭にも


通じる基本的な構成が様式化してきたと共に日本人としての自然への美意識も構築されてきた


時代とも言えます。


本格的な武家政権が発足した鎌倉時代には、書院式庭園と呼ばれる、ミニチュア型の庭園が


発達してきます。


狭い書院の庭にいかに自然を表現するかが重視される中、わびさびの概念も生み出され、


枯山水庭園も最盛期と呼べる時代となりました。


戦のない江戸時代に入ると、大名庭園と呼ばれるこれまでの日本庭園の集大成とも呼べる


時代が到来します。


これまでの時代の庭作りの多くは、家の窓から見て楽しむものが多った様式から、


江戸時代には、それまで各時代と共に生まれ、発展してきた庭園を回遊できるつくりを


始めました。


形式として独自なものが新たに生まれた訳ではなく、枯山水園や浄土庭園、茶庭など順路に


そって回遊しながら風景(庭)を楽しむものでした。


明治維新後は西洋文明の夜明けと共に、こうした大名庭園の多くは壊され、新たに作られる


庭の和洋折衷のものや、洋式化したものへと変わり、現代へと受け継がれてきています。


日本庭園の流れを知ることで、その当時の人々が大切にしていたことも何となく伝わってきます。

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